東京 母島 Day4 島縦断

果てある旅を 果てしなく

東京 母島 Day4 島縦断

東京都 母島 東港 ウミガメ

母島
2015.3.19(木) DAY 4

起床 / 朝食
5:30 / 6:00

行動概要
母島ユースホステル
晴 6:30

沖港前の鯨像
晴 6:45~6:47

新夕日ヶ丘
晴 8:04 8:05

桑の木山登山口
晴 8:35~8:38

石門入口
晴 8:45~8:55

二十丁峠(15%峠)
晴 9:52

探照灯基地跡
晴 10:08~10:19

探照灯下砲台
晴 1008hPa 10:20~10:55

東港
快晴 26.5℃ 1019hPa 11:25~12:05

北村小学校跡
快晴 1020hPa 12:15~12:25

北港
快晴 26.0℃ 1018hPa 12:30~12:38

大沢海岸
快晴 28.0℃ 1018hPa 13:05~14:18

母島ユースホステル
快晴 18:00

行動時間
11:30

夕食 / 就寝
19:00 / 21:30

出費
¥4,380 宿泊(素泊り)

歩いて島を縦断する

路肩の開けた場所に巨大なガジュマルが鬱蒼と茂っていた

トンネル手前に石門入口がある
ここから先はガイドなしでは入れず
(だけど少し入ってみたくなるのが人間の性)

二十丁峠(15%峠)を通る
勾配が15%だから勝手に命名.本当の名前は二十丁峠

探照灯基地跡は、崖の防空壕に古錆びた探照灯の残骸があった

探照灯下砲台へ
約100m間隔で高射砲が3門残っていたが、朽ち果てつつあった
ガジュマルが鬱蒼としていた

東港へ
閑散無人.トラックと漁船が一隻引き揚げられていた
島を周遊する乗り合いタクシーが一度だけ来た
青く透き通るような色をした海に、にウミガメが悠然と泳いでいた

かつて繁栄していた北村地区
戦前は北港にも集落があったが、戦争による強制疎開で廃村となる

北村小学校跡へ
今は石製の門柱の一部と僅かな石垣を残すのみで、当時の状態は不明
敷地内はガジュマルと蔦植物が繁茂して鬱蒼としていた

道路終点では白い軽トラが止まっていた
立派な東屋があった.公衆電話は修理中で使用不可

北港のコンクリートの桟橋は朽ち果てつつあった
ここから大沢海岸へは約1.3km

観光客が一般に入れる母島最北端
タコノキに粗末なブランコが懸けてあった
浜は磯のような感じ.カニとトビハゼが沢山いた
右側の崖には沸石が見られた

右足の親指付け根あたりが変に痛み出した

沖港に着いた時は脱水症状寸前で、
アサヒのロング缶とマウンテンデューがぶ飲みした
犯罪的な旨さだった!

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